• Cycle
  • 被爆当時の痕跡を残す被爆建造物を巡るルート

  • 6スポット
  • 約1.5時間
  • 約5.5km

原子爆弾の被害は広範にわたり、爆心地から半径5km内の範囲にまで、被爆の痕跡を今に伝える被爆建造物が残されています。
復興した街並みや市内を流れる川辺の風景など、今の広島も感じながら、自転車(広島市シェアサイクル ぴーすくる)で被爆建造物を巡るルートを紹介します。

Self-Guided Tour Overview

コースマップ

Experiences

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ぴーすくるを借りる

ぴーすくる

コンビニで1日パスを買ってすぐ乗れる「ぴーすくる」。市内のいたるところにポートがあり、好きなところで借りて好きなところで返せます。

広島大学旧理学部1号館

広島大学旧理学部1号館

広島大学の前身広島文理科大学の本館として建てられました。竣工当時はコの字型でしたが、増築を経て現在のヨの字型の建物になりました。原爆によって外郭だけを残し内部を焼失しました。学生の大半は学徒動員されていたので構内にはいませんでしたが、一部理科系の学生と南方特別留学生などが犠牲になりました。現在は、閉鎖されています。

  • 自転車(約15分)

広島市郷土資料館 (宇品陸軍糧秣廠支廠缶詰工場)

広島市郷土資料館 (宇品陸軍糧秣廠支廠缶詰工場)

1911年、宇品御幸通り西側にレンガ造の缶詰工場が建設されました。1945年(昭和20年)8月6日、爆心地から3.21キロメートルで被爆。当時は配置替えや疎開などで従業員も少なく、人的被害は軽微でしたが、爆風は鉄骨を屈曲させるほど威力がありました。1985年、郷土資料館として開設。爆風で折れ曲がった鉄骨の一部は、現在玄関ホールの上部に保存されています。

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原爆ドームAR

爆風で折れ曲がった鉄骨の一部は、現在玄関ホールの上部に保存されています。

  • 自転車(約15分)

広島陸軍被服支廠

広島陸軍被服支廠

被服支廠は、軍服や軍帽などを生産、修理、保管、供給する施設で、大規模な製造・修理工場と保管・供給を行う倉庫群がありました。爆心地から2.67キロメートルにあり、爆風により屋根に大きな損傷を受けたものの火災は免れました。見学(建物の中には入れません。)は、事前の申込みが必要です。(360度内部画像あり

  • 自転車(約15分)

シダレヤナギ(鶴見橋東詰)

シダレヤナギ(鶴見橋東詰)

広島電鉄電車「比治山下」のすぐそばにある鶴見橋東詰のシダレヤナギは、爆心地から1700mで被爆しました。幹の上部を失ったため、頭を下げたような形になっている幹は枯死しましたが、同じ根から伸びた新芽はしっかり育ち、大きく枝を広げています。

  • 自転車(約15分)

頼山陽文徳殿

頼山陽文徳殿

爆心地に最も近い被爆木造建造物として永久保存されます。鐘は戦時中に供出して失われていましたが、1949年(昭和24年)8月5日に被爆地の砂を入れて「平和の鐘」として再鋳し、開眼供養されました。

多聞院・鐘楼

多聞院・鐘楼

1.82キロメートルで被爆。爆風で戸籍簿は散乱しましたが、幸いにも焼失は免れました。 戦後は浅野図書館、社会教育施設などとして利用されていましたが、現在は閉館。屋根の上の九輪が変形したまま保存されています。