原爆供養塔
  • 原爆供養塔

1955年撮影 (提供 広島市公文書館 明田弘司撮影)


爆心地に近いこの付近には、被爆後、遺体が散乱し、また、川から引き上げられたものなど、無数の遺体が運ばれ、荼毘にふされました。
昭和21年(1946年)市民からの寄付により、仮供養塔、仮納骨堂・礼拝堂が建立され、その後10年たった昭和30年(1955年)広島市が中心となり、老朽化した納骨堂を改築し、各所に散在していた引き取り手のない遺骨もここに集め納めました。
内部には納骨堂があり、一家全滅で身内の見つからない遺骨や氏名の判明しない遺骨約7万柱が納められています。
広島市は、氏名が判明しながら引き取り手のない遺骨の名簿を毎年公開し、遺族を探しています。昭和30年(1955年)に2,432柱あった遺骨のうち、今でも824柱の遺骨は引き取り手がなく、この供養塔に眠っています。(平成19年(2007年)6月20日現在)
昭和21年(1946年)以後、毎年8月6日にはこの供養塔の前で、さまざまな宗教・宗派合同の供養慰霊祭が営まれています。

Information

原爆供養塔

  • 住 所
    広島市中区中島町1(相生橋南)
  • アクセス
    広島電鉄電車(路面電車)「原爆ドーム前」から徒歩5分
  • MAP
    [map]
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