基町高層アパート
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太平洋戦争前の基町は、広島城跡を中心に、軍の施設がありましたが、戦後、人口流入に伴う住宅難から旧軍用地は住宅用地に転用され、多くの公営住宅が建設されました。
この公営住宅エリアの外側に当たる太田川(本川)の左岸、原爆ドームの北側に位置する相生橋から三篠橋までの南北約1.5kmの土手沿いには、無許可で多くの住宅がひしめいていました。1970年頃には1千戸ほどのバラック住宅が密集して建ち並び、「原爆スラム」とも「相生通り」とも呼ばれていました。


(提供 広島市公文書館)


1968年までに広島市と広島県は、中層住宅約930戸を建設しましたが、地区全体の不良住宅解消には至らなかったため、新たな再開発計画が模索され、高層住宅を建設することとなりました。


(提供 広島市公文書館)


1969年から基町高層アパートの建設が始まり、1978年に合計4,566戸が完成しました。また、この住宅エリアには、ショッピングセンターや小学校、幼稚園なども整備されました。
同時に、中央公園や河岸緑地なども整備されました。


建設中の基町高層アパート 1970年頃(提供 広島市公文書館)


1978年頃の基町高層アパート(提供 広島市公文書館)


現在の基町高層アパート

Information

基町高層アパート

  • 住所
    広島市中区基町
  • MAP
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